家族信託は財産管理や相続対策として非常に有効な手段として着目されていますが、いくつかのリスクや注意点もあります。

トラブルに発展するケースもありますので起こりやすいトラブル例や回避方法について解説していきます。家族信託のメリットを最大限に活かしつつ、リスクを最小限に抑えるための準備をできるようにしておきましょう。

家族信託は危険なのか?

家族信託は、契約内容が非常に複雑になることが多く、契約書が不完全で曖昧な場合にはトラブルになる可能性がありますが高齢化が進む日本において、認知症対策や円滑な資産承継においては有効な手段となります。

本制度の活用にあたっては、法律・税制・相続などの知識と理解が必要ですので、トラブルを回避するためにも家族信託を検討する段階から専門家からのアドバイスを受けることをお勧めします。家族信託の仕組みについては、こちらをご参照ください。

家族信託とは?

家族信託でよくあるトラブル事例9選

家族信託制度の活用でよくあるトラブルについて9つの事例を見てみましょう。

親族の仲が悪くなってしまう

相続や資産管理を想定した家族信託で、委託者・受託者・受益者の関係者とその他の親族との間で十分な情報の共有や制度の理解がない場合には不満や不安から生じるトラブルに発展するケースがあります。

例えば、家族信託に自宅不動産を信託財産として組み入れる場合において、受託者を特定の子ども(例:同居している子ども)にすることで、委託者が施設に入居した後も受託者に自宅の管理を任せることが可能になり、信託契約の内容によっては売却や賃貸により「収益」を生み出すことができるのですが、他の兄弟にその説明が十分になされていなかった場合には、「自分が不当に扱われているのではないか」、「不公平だ」と感じ、兄弟姉妹間の対立に発展することがあります。

受託者に権限が集中してしまう

家族信託で、受託者に与える権限が大きすぎたり、不明確だったりすることで、トラブルに発展することがあります。

例えば、ある母親が家族信託を設定し、長女を受託者に任命しました。母親の自宅は信託財産に含まれており、長女は信託契約に基づいて自宅の管理を行っていました。
ところが、長女が資産運用のために自宅を売却する判断を下し、母親や他の兄弟に事前相談せずに売却を実行しました。母親は「終生この家に住みたい」と希望していましたが、その希望がかなわず、家族全体で深刻な対立が生じました。

受託者に不動産の処分権限が明確に与えられているような場合には、受託者は資産を売却することが可能です。このような委託者の意に反した判断を回避するためには、信託の設定時に、委託者の希望や制限をしっかりと決めておき、その他の家族にも意図を理解しておいてもらうと良いでしょう。

信託できない財産を対象としてしまう

家族信託では、基本的に「財産」を信託の対象としていますが、全ての財産を対象にできるわけではありません。
一部の財産や権利を信託契約書に記載しても法的効力はなく、トラブルに発展する可能性があります。

例えば、高齢の父親が、老後の生活資金を家族信託で管理するために、年金受給権も含めて信託財産に指定しました。父親は、年金を長男が受け取り、信託財産と共に管理してもらうことを希望しました。信託契約書にも年金受給権を含めた条項を記載しました。

しかし、年金受給権は一身専属権であり、他人に譲渡したり、信託財産に組み込んだりすることはできません。
そのため、長男が年金を直接管理することはできず、信託財産に含めることができませんでした。

年金受給権や生命保険の受取人の指定などは一新専属的な権利であり、信託財産に組み込むことはできません。
このルールを理解していないと委託者の希望通りに管理されないことで、家族信託制度そのものについて不満を抱く原因になります。

1年ルール・30年ルールで強制終了してしまう

家族信託には、信託が終了する条件や期限が法律で定められていることがあります。この規定を理解していないことで、信託目的達成の前に信託が強制終了になることがありますのでトラブルにつながります。

1年ルールとは、受託者が受益権の全てを持っている状態が1年間継続した時に信託が終了するという規定です。
当初、信託の設定時には委託者=受益者となり、受託者と受益者が同じ人物となる可能性はあまりありませんが、例えば、委託者(=当初受益者)の死亡により、受益権が受託者に承継され、受託者=受益者になってその状態が1年継続すれば信託は終了となります(信託法第163条2項)。

30年ルールとは、信託契約締結から30年が経過した後に受益権を承継した者が亡くなった場合には、家族信託が終了するという規定です(信託法第91条)。
家族信託では、「受益者連続信託」を利用することで、自らが亡くなった時に発生する相続だけでなく、その次の世代の相続まで指定することが可能ですが、この規定があることで、例えば、祖父の代からの家族信託が継続している場合に、30年が経過してしまったことにより、受益者である孫がまだ未成年であるにもかかわらず信託が自動終了してしまうという状態になります。
これにより、財産を管理する能力が十分でないにも関わらず、孫が財産を自由に処分する権限を持つようになり、親族間に不安が生じトラブルに発展するケースが考えられます。

遺留分を侵害して請求される

家族信託を活用して財産を管理・承継する場合でも、遺留分の問題が発生することがあります。 遺留分は、法定相続人(配偶者や子ども、直系尊属)に保障された最低限の取り分のことです。

家族信託の遺留分についてはこちらをご確認ください。

家族信託は遺留分の対象になる?

信託財産に組み入れる内容によっては遺留分を侵害してしまい、後々相続人から遺留分侵害請求がなされるケースに発展します。

例:父親が、長男を家族信託の受託者に指定し、自分の全財産を信託財産として組み込みました。
信託契約書には、長男が父親の死亡後にその財産を自由に管理・処分できる旨が記載されていました。
父親は長男との関係が特に強く、他の子どもたちにはほとんど財産を渡さないという意思を持っていました。しかし、父親が亡くなった後、他の兄弟(次男と長女)は、自分たちが受け取れるはずの遺留分が侵害されていることに気づきました。
信託財産のすべてが長男の管理下にあり、他の兄弟には何も渡されていなかったため、次男と長女は遺留分侵害額請求を行いました。

家族信託を契約する際には他の相続人の遺留分にも配慮を行い、信託財産を決めることが大切です。

抵当権付き不動産を銀行に無断で信託する

信託財産に不動産が組み込まれる場合、通常、信託登記によって受託者に所有権が移転されます。
しかし、その不動産に抵当権が設定されていた場合には銀行の許可なしに移転登記をすることは避けた方がよいでしょう。

銀行の許可を得ずに、抵当権付きの不動産を家族信託すると、融資の契約違反として一括返済を請求されるリスクが高まります。
他にも、住宅ローン返済中の自宅に抵当権を設定していた場合に、銀行に無断で家族信託を行うと、ローン返済の滞納のため銀行が抵当権を行使しようとする際に妨げになります。
抵当権が行使できないことで銀行は資産回収ができなくなり、最終的には家族信託が解除される可能性があります。

公正証書を作成しておらず信託口口座の開設ができない

せっかく家族信託契約を作成しても契約書が公正証書として作成されていなかったためにトラブルに発展するケースがあります。
例えば、金銭を信託する場合には、金融機関で「信託口口座」を開設することで家族信託がスタートします。これは委託者や受託者の固有財産と分離し管理を行うためです。
その際に、私文書の信託契約書では金融機関が受け付けてくれず口座が開設できない事態に陥ります。公正証書は、公証人が法的に有効な書類として認め、信託契約の確実性や証拠力を強化します。

他にも委託者と受託者間で私文書により作成された家族信託契約書が、委託者の死亡後、他の相続人が信託契約に疑問を持ち、信託の有効性について裁判所で争うこと等も考えられますので、家族信託の契約書は公正証書で作成しておく必要があります。

想定外の費用や税金が発生した

家族信託の利用には、設立時や運用開始後にかかる費用や税金がありますのでトラブルに繋がらないように注意が必要です。
特に、初期費用としての専門家への報酬の支払いなどは信託財産の内容によって思いのほか、高額になる場合があります。

家族信託にかかる費用についてはこちらをご確認ください。

家族信託にかかる費用はいくら?

その他にも、不動産収益があり、信託財産に組み入れる場合は注意が必要です。
例えば、父親が、収益を生む賃貸不動産を信託財産に組み込み、長男を受託者に指定しました。
長男はこの赤字を自分の個人所得と損益通算できると考え、税務申告の際に、不動産からの損失を自分の給与所得と相殺しようとする例などです。

信託財産の損益は、受託者個人の損益とは別に処理されるべきことになりますので、理解がないと税務処理が適切に行われずトラブルにつながります。

経験や知識が少ない専門家に依頼してしまう

家族信託は法律や税務の専門的知識が必要な分野となりますので、経験の少ない専門家に相談すると資産管理やその先の相続時の状況が見通せず、誤ったアドバイスにつながります。

家族信託は2007年の信託法改正により個人間での活用と認知度が高まった比較的新しい制度になりますので、家族信託に特化した知識だけではなく、相続や税務の経験値の高い専門家へ相談を行い、様々な方面から検討し、慎重で緻密な信託契約の内容を決めていくことが重要です。

後悔しないために!家族信託の危険を回避する7つの方法

家族信託の運用において起こりうるリスクやトラブルを回避するための具体的なポイントについて確認していきましょう。

家族信託のメリット・デメリットを理解する

家族信託導入にあたってはメリット・デメリットを理解しておくことがトラブル回避につながります。
信託の目的達成のために、最も適した手段は何か、他の制度とも十分に比較検討を行って理解をした上で選択をするようにしましょう。

家族信託のメリット・デメリットは下記のようなものが考えられます。

【メリット】

  • 認知症による資産凍結回避策として有効
  • 柔軟な財産管理が可能
  • 遺言の代用ができる
  • 不動産の共有問題を回避できる
  • 相続発生時の遺族の負担を軽減できる
  • 二次相続以降の財産の承継方法を決めることができる

【デメリット】

  • 身上監護権がない
  • 手間と費用がかかる
  • 受託者の責任が大きい
  • 家族との打ち合わせが十分にできていないとトラブルにつながりやすい
  • 遺留分を侵害するリスクがある
  • 直接の節税効果にはつながらない

詳細はこちらをご確認ください。

家族信託の7つのメリット・デメリット

家族信託の必要性を慎重に判断する

家族信託の導入の際には本当にこの制度が適切か慎重に判断する必要があります。
家族信託は資産管理や相続対策に有効な手段ですが、初期費用のコストがかかることや、信託開始後の報告事務など手間がかかること、受託者の選任に意義がある場合は家族間でのトラブルにつながりやすいなどリスクもあります。

また、下記のような状況では家族信託の導入はできません。

  • 信託できる財産がない
  • 受託者を依頼する適切な人物がいない
  • すでに財産の名義を変更している

家族信託を検討する際には、弁護士や司法書士のアドバイスを十分に受け、家族全員が目的やリスクを理解した上で慎重に検討することが大切です。

家族信託契約について家族の理解を得る

家族信託利用の際に、家族のメンバーの理解を得ておくことはトラブル回避のために最も重要です。

家族信託では、財産の管理や承継方法について取り決めますので、家族間に不安や誤解があると信託開始後にトラブルになることがあります。
特に、信託財産は受託者により管理されることになりますので、他の家族は、「受託者だけが利益を得ているのではないか」と不信感を抱き、財産の分配に不公平間を感じた時には争いにつながることになりかねません。

家族の理解があることで、受託者への信頼、財産管理の透明性はもとより、遺産分割の際のトラブル回避など先々のトラブル回避にもつながりますので、事前に家族会議を開く、専門家に説明してもらうなど説明と納得をしておくことが重要です。

認知症に備えて早めに契約をする

認知症が進行してからは、財産管理ができなくなるだけではなく契約などの法律行為も無効となるため、本人にまだ判断能力があるうちに家族信託契約の準備をすることが大切です。
特に目的が認知症対策である場合には、早めの段階で準備をしておくことで口座凍結になった場合でも受託者が金銭管理を行えることになりトラブル回避につながります。

家族信託の契約時の意思能力の判断基準としては、お名前・生年月日・住所・契約の趣旨(何を信託したいか・誰に任せたいか・相続のご意向)などがきちんと理解できる状態である必要があります。

家族信託契約時の認知症の判断基準についてはこちらをご確認下さい。

家族信託は認知症発症後でもできるのか?

信託監督人・受益者代理人を設置する

家族信託の利用で、委託者・受託者・受益者の直接の関係者だけではトラブルに発展するおそれがある場合には、信託監督人や受益者代理人を設置すると良いでしょう。
信託監督人は、受託者が信託契約に基づいて正しく財産を管理・運用しているかを監督します。受託者の財産の使い込みや不正管理をチェックすることができます。

家族信託の信託監督人についてはこちらをご参照ください。

家族信託の信託監督人とは?

受益者代理人は、受益者が未成年、認知症などの理由で判断能力が十分でない場合に、受益者に代わって意見を述べ、権利を行使することがでます。
信託監督人や受益者代理人の介入により、信託の透明性や管理の適切性を確保することになり、結果的に家族間の不安や不信感の払拭につながります。

家族信託以外の相続対策も検討する

家族信託は、遺言書の代用としても有効な制度ですが、トラブル回避のためには他の制度を利用した方が良い場合もあります。
家族信託にとらわれず、状況に応じた対策と選択を行なって下さい。

  • 成年後見制度
  • 遺言書
  • 生前贈与

特に任意後見制度は、家族信託と比較検討されることが多い制度になります。

両制度の違いについてはこちらをご参照下さい。

家族信託と任意後見制度との違いとは?

信頼できる専門家に相談する

家族信託は、法律や税務が関わるため、トラブル回避のためには専門性の高い弁護士や税理士、不動産の登記が必要な場合は家族信託ができる司法書士に相談しましょう。

場合によっては、複数の専門家に意見を求めることも大切です。
行政書士で家族信託の制度に詳しい方もいますが、信託の契約前の相談だけではなく、信託設計や契約手続きなどを行えるか、財産の名義変更までワンストップで依頼できるか、紛争に発展した場合にも対応可能かなどの観点を持って相談を行う人を決める必要があります。

専門家を選ぶ際のポイントとしては下記を参考にして下さい。

知識や経験があるか:経験があまりなくても法律の専門家として最新の情報や判例を確認し専門性を高めている必要があります

契約後のフォローをしてくれるか:契約後に財産状況が変わった場合には契約内容変更に対応してもらう必要がありますので、きめ細かなサポートやアフターフォローをしてくれるか確認しましょう

専門分野以外の対応:関連士業や不動産売買に精通した関係者を紹介できるかも確認しておきましょう

家族信託でトラブルにならないためにも弁護士 西田幸広の「この街の相続」へご相談ください。

家族信託には幅広い利用方法がある一方で様々な場面でトラブルに発展するリスクも潜んでいます。

弁護士 西田幸広の「この街の相続」では、家族信託をご検討の段階からご家族に向けてのメリット・デメリットの説明を行い、理解と合意を得るように努めています。
何より相談の段階では、本人自身が導入の必要性を感じていないケースも多々ありますので、ご家族による見守り期間を設け、信託の目的を考えていただくようにしています。

そのような期間を設ける事で、高齢の親に対する意識が向いていき、ご自身なら家族のメンバーとしてどのような協力ができるかを能動的に考えるようになりますのでご家族間のコミュニケーションが増えていき、後々のトラブル回避につながると考えています。