家族信託は遺留分の対象になる?判決から考える対策方法を詳しく解説

この記事の目次
家族信託を通じて、相続人に財産を渡す意図がある場合は、他の相続人が遺留分を侵害されたと主張する可能性があります。
信託財産と遺留分の関係は複雑であり遺留分を考慮しておかないとトラブルが生じる可能性があります。ここでは、信託財産やその受益権が遺留分を侵害しているとみなされるケースや判例をもとに説明していきます。
家族信託は遺留分の対象となる可能性がある
家族信託を利用することで、相続に関する財産の受け渡しについて柔軟な計画を立てることができますが、一方で信託の受益権が遺留分侵害請求の対象となる可能性があります。
家族信託の仕組みについてはこちらをご確認ください。
家族信託の受益権とは、委託者が受託者に信託財産の管理・運用を任せ、それにより生じた利益や収益を受け取る権利になります。
遺留分とは、民法で定められた「一定の相続人(配偶者、子(子の代襲相続人を含む)及び直系尊属)に対して留保された相続財産の割合のことです。
遺留分を侵害された相続人は遺留分侵害請求をすることができます。
遺留分の対象となる理由
家族信託の「受益権」は相続発生時には「みなし相続財産」となります。
みなし相続財産とは、相続または遺贈により取得したとみなされる財産のことです。被相続人が相続開始時に所有していない財産でも、例えば、被相続人の死亡を原因として支払われる生命保険金は、実質的には、被相続人が相続開始時に所有していた財産と同一視して相続税の課税対象となります。
一方で、「生命保険金」は、受取人「固有の財産」となり、原則、遺産分割や遺留分侵害請求の対象とはなりません。つまり、生命保険金(死亡保険金)を除いた相続財産に対して遺留分を請求します。
家族信託の受益権についてはどうなるのでしょうか。
家族信託では、多くのケースで委託した本人(委託者)が受益権をもつ「委託者権受益者」となるケースが一般的で、
- 受益者の死亡により第二受益者が受益権を取得するとき
- 受益者の死亡により信託が終了し、帰属権利者が受益権を取得するとき
当該信託に関する権利を贈与により取得したものとみなされ、相続税法上、受益権は「みなし相続財産」となります。
生命保険金(死亡保険金)と家族信託の受益権は、相続税法上の「みなし相続財産」ですので、遺留分侵害請求の対象とはならないとする解釈もありますが、地方裁判所の判決では、信託受益権を遺留分の「対象とする」と述べられています。また、遺留分の対象となるのは信託財産自体ではなく、信託財産によって生じる受益権であると考えられています。
家族信託の受益権が承継とみなされる時には、受益権の価値が遺留分の対象とみなされる可能性があることを前提として家族信託の目的や内容を決定する必要があると言えます。
遺留分を回避するための信託契約を無効とした判決
東京地方裁判所平成30年9月12日の判決は、家族信託と遺留分に関する重要な判例として知られています。本判決では、信託財産が遺留分侵害請求の対象となるかどうかが争点となり、信託受益権は遺留分侵害請求の対象と「なる」と述べられています。この判決のポイントは、「遺留分制度を潜脱する意図の信託制度の利用は公序良俗違反で一部無効」となっている部分です。
家族信託が委託者の死亡時に受益者が次世代に移転することを予定しており、このような場合には、単なる財産管理ではなく、実質的に死因贈与のような財産承継を目的としているとみなされ、信託財産も遺留分の計算に含まれると判断されました。
また、家族信託の内容が、想定される遺留分請求の回避を目的として家族信託が設計されており、遺留分権利者が期待できる経済的利益を得ることができないものであるとして公序良俗違反であるとしています。
同判決は、地方裁判所での判決ですので、最終的な最高裁判所の判例があるわけではありませんが、家族信託の設定者が生前の財産管理や財産承継を意図している場合には、信託の目的としてどちらに重きを置いているか認識し、遺留分権利者と十分に協議しておく必要があります。
家族信託をする場合の4つの遺留分対策
遺留分侵害が生じないように信託契約を設計するための事前対策について確認していきましょう。
家族全員が納得できるよう話し合う
家族信託を活用しながらも遺留分を侵害しないようにするには、信託設計時に、相続人と十分に話し合いをするなど事前調整しておくことが重要です。
家族信託の目的と内容について、遺留分権利者(配偶者や子)とよく話し合い、納得を得ていくことが大切です。
納得が得られない場合は、受益者となるべき人物が、遺留分を支払える資金を用意しておくことも考えておくと良いでしょう。
すべての財産を信託財産にしない
家族信託は、認知症対策として金銭を信託財産に組み入れることで口座凍結を免れ、受託者による財産の管理運用を行うことが可能となる制度です。
しかしながら、遺留分権利者となる相続人の利益保護という観点からは、全ての財産を信託財産として信託することは避けた方が良いでしょう。
相続人には遺留分(最低限の相続分)が権利として認められていますので、信託契約書や遺言で指定された遺産が遺留分に満たない場合はその相続人は、遺留分を侵害した者に対して、侵害された遺留分相当の金銭を請求することができます。
このようなケースが想定される際の解決策としては、相続人からの遺留分請求に備えておくために信託財産にあらかじめ遺留分に相当する金銭を組み入れておき、遺留分を意識した条項を信託契約書に記載しておくなどして、遺留分権利者となる相続人に配慮を示しておくと良いでしょう。
また、信託財産として不動産が信託されているようなケースでは、遺留分請求がなされても支払う現金がなく、信託されている不動産を売却し、ご自身で現金を用意する必要が生じてしまいます。
仮に、受益権を一部渡して解決するためには「代物弁済」として対処することになります。
その場合、信託財産の一部を代物弁済に充て、遺留分権利者へ財産を引き渡すことになり、遺留分の金額と代物弁済のための受益権の譲渡益が発生すると譲渡所得税が生じますので注意が必要です。
また、信託財産の一部を売却するなどして金銭を用意する場合には、当初予定していた財産管理や信託の目的が達成できなくなる事態に陥りますので、相続人の遺留分には配慮と対策を講じて家族信託の設計を行いましょう。
生前贈与・生命保険を利用する
遺留分侵害請求に備える方法として、生前贈与や生命保険の活用があげられます。
生命保険金は前述した通り「みなし相続財産」として相続税課税の対象となりますが、遺産分割や遺留分侵害請求の対象からは除外されます。生命保険を活用することで、保険金受取人に指定された者は、受取人の固有財産とすることが可能となりますので、遺留分侵害請求がなされた場合には信託財産を守りつつ、請求に備えて資金を準備しておくことにつながります。
生前贈与については年間110万円の基礎控除枠を活用し、贈与税の課税を避けつつ時間をかけて計画的に財産を受益者に移転し遺留分侵害請求に備えておく方法や、遺留分権利者の納得や合意を得るために生前贈与を行ない、財産を移転しておくことで遺留分侵害のリスクを抑えておくと良いでしょう。
生前贈与を活用する場合は、贈与の計画・目的を明確にして家族間の同意を得ておくことで、家族信託の目的達成につながります。
遺言書に付言事項を記載する
遺言書の付言事項とは、遺言者が遺言の法的内容以外で相続人や受遺者に対するメッセージや思い、背景説明などを伝えるために記載する項目です。
付言事項には法的拘束力はありませんが、遺言者の意向や家族への気持ちを書くことができるため、遺言内容への納得を得やすくする効果が期待できます。
家族信託を活用し、受益者や信託財産の帰属権利者への遺留分侵害請求などが考えられる場合は遺言書の付言事項を活用し、相続人各人に対する感謝や労い、なぜそのような分配になるのかなどの事情説明、争いを避けてほしい、など遺言者の言葉でメッセージを残しておくことも有効です。
受益者連続型信託の遺留分についての考え方
家族信託における「受益者連続信託」とは、信託の受益権が初代の受益者から次世代の受益者へと連続的に承継する信託制度です。
これは、通常、親から子、さらに孫へといった形で受益者を指定することで、財産を継続的に守り、世代を超えて管理・承継するために活用します。
受益者連続信託の遺留分については、受益権が連続する性質上、通常の遺産分割とは異なる扱いがなされます。特に、初代の受益者が亡くなった時点で、遺留権利者がいる場合には、一回目の受益権承継時には遺留分侵害請求が可能と解釈されています。
遺留分侵害請求なされた場合は、財産は現金化せずに代物弁済するなどの方法が取られることが考えられます。
しかし、第二受益者以降の承継においては、遺留分は発生しないというのが現在の見解です。
つまり、父を初代受益者(委託者権受益者)としてスタートした家族信託が、死亡により受益権が第二受益者(例えば長男)に移った時点では、他の相続人(例えば次男)からの遺留分侵害請求は可能と考えられていますが、さらに第三受益者(例えば孫)に受益権が移行した場合には配偶者や他の子からの遺留分侵害請求はできないという解釈になります。
受益者連続信託の活用により、相続の手続きを円滑に進める効果があると考えることができますが、遺留分権利者との関係が複雑になりがちですので、第一受益者への受益権が移行した際の遺留分対策を十分に講じておく必要があります。
家族信託の遺留分への対策などは弁護士西田幸広の「この街の相続」へご相談ください
家族信託は比較的新しい制度で生前対策や相続対策としても柔軟性のある制度になりますが、裁判所での判決など判例は少ないのが現状です。
家族信託を設計する際には、推定相続人には遺留分としてどのくらいを残しておく必要があるのかを十分に検討する必要があると言えるでしょう。
特に、受益者連続信託では、財産承継に重きをおいた信託設計になることが多いので注意が必要です。
受益者連続信託の活用シーンは、「障害のある子に受益権を承継したい」、「直系の孫に財産を引き継いでいきたい」、など事情によって財産の分配が不均衡になるケースが考えられます。
何よりも、遺産分割や遺留分侵害請求など争いにつながる事態になった時には、弁護士として争いの回避や円満な解決に注力している弁護士西田幸広の「この街の相続」へ是非一度ご相談ください。
相続についてお悩みの方はお気軽にご連絡ください