家族信託は、認知症対策として効果的な手段の一つとされています
認知症発症後も受託者が日常生活費や介護費用などの金銭管理をスムーズに行えるようにするための仕組みを事前に決めておくことができるからです。

しかし認知症発症後では家族信託契約を結ぶことが難しいとされることが一般的です。今回は、初期の認知症の段階で契約ができる場合の判断基準や対処法について確認していきます。

家族信託は認知症発症後でもできる?

認知症発症後に家族信託の契約を結ぶことはできません。家族信託を契約するためには、委託者本人が、「契約内容を理解し判断する能力、意思能力を有していること」が求められるからです。

認知症対策をせずに本人が意思能力を失った場合、本人名義の銀行口座は凍結される可能性が高くなりますので、現金の引き出しや支払いなどができなくなるだけではなく、生活費や介護費用の負担など本人の生活に欠かせない出費を確保する方法を探さなくてはいけません。

また、不動産の取引には本人の意思表示が不可欠であり、判断能力が十分ではない場合、契約が無効とみなされます。

軽度の認知症であれば家族信託は可能

軽度の認知症であっても、本人に意思能力が十分にあると判断されれば、家族信託の契約を結ぶことは可能です

家族信託を結ぶためには、本人が契約内容を理解して自らの意思で契約を締結できる状態であることが前提だからです。
そのため、認知症の進行が軽度で判断能力が保たれている場合には問題なく家族信託契約をすることができます。

判断能力はどう判定するか?

では、家族信託を契約する際の判断能力の有無は誰がどのように判断するのでしょうか。

公正証書で契約書を作成する場合の判断能力の有無については、「公証人」が判断します。
公証人は、氏名・生年月日・住所について言えるかどうかを確認し、さらに契約書に署名ができるか、最終的には、契約の内容を理解しているかどうか(どの財産を誰に管理を任せるのか、相続後は誰に残したいかなど)を確認し正常な判断能力があるかを確認しています。

本人の日常生活を支えている家族や周囲の人間は、普段の生活の様子や記憶力、理解力に注意をしておくようにしましょう。

家族信託を検討する際には弁護士や司法書士に相談することからスタートしますので、相談の際には、本人の生活や財産を理解して、意思を持って選択できる状態のうちに専門家への相談をすすめておくと良いでしょう。

家族信託のメリット

認知症対策としての家族信託活用の際のメリットについて確認しておきましょう。
そのほかのメリットについてはこちらをご確認ください。

家族信託の7つのメリット・デメリット

認知症発症後でも財産管理ができる

前述した通り、認知症の程度の中でも「意思能力や判断能力がない状態」になると、家族信託の契約だけではなく、そのほかの手続きや契約行為は無効とみなされます。

家族信託契約を活用しておくことで、仮に本人の口座が凍結されることになっても、信託口座に移した財産から受託者が本人の生活に必要な現金の引き出し・支払いまた介護費用の準備など財産管理が可能になります。

また、信託財産に不動産を組み入れておけば、例えば介護施設に入居した後の自宅の管理や売却についてもあらかじめ信託契約書で受託者に指示をしておくことが可能です。

また収益不動産としての賃貸アパートがある場合は、認知症発症後では修繕契約やアパートの契約更新など契約行為ができませんので、認知症対策としての準備は欠かすことができません。

不動産の共有問題を避けられる

不動産の「共有」とは、一つの不動産を複数の人が共有持分を持つ形で所有することです。

例えば、親が亡くなり、複数の相続人が不動産を相続した場合、それぞれが共有者として持分を持つことになります。
この不動産を売却・賃貸、管理するには共有者全員の「同意」が必要となります。
相続人間で意見が合わない場合や一部の共有者が反対をすると、意思決定が困難となり資産の活用が妨げられ、不動産としての価値が低下した場合には空き家の問題にもつながります。

家族信託では、不動産を信託財産にすることで受託者に管理・運用・処分を任せることができます。
受託者は信託契約書に設定された権限に基づき、不動産の管理・運用・売却について共有者全員の同意を得ることなく、不動産の適切な管理を行い、資産価値を高めて運用することも可能となります。

二次相続以降に対応できる

家族信託を考える際には本人とその他のご家族の年齢も視野に入れておく必要があります。
例えば、父親と母親が同じ年代の場合は一次相続から二次相続以降の財産承継までの期間が短いことが予測されますので相続税も含めた対策を検討しておくことが重要だからです。

ある財産を夫から妻、そしてその後特定の子供に引き継がせたい場合は、家族信託契約を通じて、一次相続(夫から妻への承継)と二次相続(妻から子への承継)の順番や条件を事前に設定することができます。
また通常の遺言では、遺言者が亡くなった後の一次相続までしか対応できませんが、家族信託では二次、三次相続の受益者を指定して財産の受け継ぎ方を定めることが可能です。

家族信託を活用することにより、二次相続以降の財産承継も示唆することができ、長期的な財産管理や家族の将来を見据えた承継を実現できる柔軟性が家族信託の大きなメリットです。
ただし、この点においては他の相続人の遺留分にも配慮が必要ですので、専門家への相談をお勧めします。

家族信託のデメリット

次に認知症対策として家族信託を活用する場合のデメリットについても確認しておきましょう。

親族間のトラブルが起こる可能性がある

家族信託を導入する際には、家族全員の意向を聞き信託の内容や目的について家族の理解と納得が必要です。

特に信託財産となった財産はその他の財産とは区別して管理され、信託終了時の帰属先についても取り決めますので、相続発生の際には、相続人により遺留分相当を請求される可能性もあります。
家族信託と遺留分についてはこちらをご確認ください。

家族信託は遺留分の対象になる?

特に認知症対策として家族信託を導入する際には、委託者本人の判断能力や意思能力がある段階で、受託者として頼りにする家族の選任と、認知症発症後に考えられる問題点、そのほかの家族にサポートをお願いしたい点、受託者が他の親族から不公平感を抱かれないようにするための受託者の責任と役割については十分に話しあっておく必要があるでしょう。

不動産の赤字を他の所得と相殺できない

同一人物が所有する複数の不動産の収益(所得)に対して、損失が出た場合は、他の所得の利益と差し引きをして確定申告を行うことが可能ですが、家族信託を行なった不動産は、信託した不動産と信託していない他の不動産の不動産所得において損益通算を行うことはできません

収益物件の不動産には修繕費用など予定されている収益を大きく上回る費用(損失)が発生することもありますので、信託契約に不動産が含まれる場合には、損益通算ができない点を理解した上で信託契約書を作成する必要があります。

受託者を長期間拘束してしまう

家族信託の受託者となって信託財産の管理・運用を行う人物には大きな負担と責任が生じます。
信託の内容によっては、長い期間にわたり資産を管理しますので、高い判断能力や信頼性があることに加え、委託者よりも若い世代(子や孫)であることも選任の条件に加わります。

受託者となる人物は、財産の管理・運用、収支の報告、受益者への利益の配分など資産の内容によっては精神的負担も大きくなります。
このため、可能であれば受託者となる人への負担軽減策として報酬を設定することや、複数の受託者を準備しておくなど工夫と対策をしておくことも重要です。

家族信託がより効果的になるケースとは?

認知症対策としての家族信託の活用を考える場合で下記の要件に該当する場合は家族信託が有効に機能しますので導入を検討してみてください。

■ 一定の資産がある場合:
複数の不動産、株式、預金、投資信託など管理・運用すべき財産がある場合は、認知症発症による資産管理ができなくなりますので、判断能力があるうちに委託者が事前に取り決めた方針によって資産の管理・運用ができるように対策をしておきましょう。

■ 障害がある子供に財産を相続させるために活用:
両親の資産を親の亡き後に、障害がある特定の子供に受益権という形で承継するように設定することで、障害のある子供の生活を支援することにつながります。その場合には、受託者となるその他の子供や親族に十分な理解を得るようにしておきましょう。

■ 親が経営者で事業承継したい場合:
経営者が事業資産や株式の承継について、次の世代に円滑に引き継ぐために信託契約を結ぶことで、受託者が事業を管理し後継者へのスムーズな引き継ぎにつながります。

高齢の親が家族信託をするときの注意点

高齢の親が家族信託制度を利用する場合は、意思能力がしっかりとあることが重要です。
意思能力や判断能力が曖昧な状態で家族信託契約を進めてしまうと、後々、他の家族や第三者から本人の同意を得ずに勧められたのではないか、と疑われることにもつながります。

また、初期の認知症の段階でも信託契約書を公正証書で作成しておけば、公証人が契約者の意思確認を行いますので契約の正当性の証明にもつながります。

また高齢の親が契約の内容を理解しやすいようにシンプルでわかりやすい内容にしておくこともポイントです。
信託の目的や受託者の役割、財産の管理方法や受益者の権利などは明確にしておきましょう。

認知症の進行には個人差がありますが、一般的には徐々に症状が悪化していきますので認知症対策と財産管理については早めの段階から家族間での話し合いと専門家への相談をしておきましょう。
家族信託の手続きについてはこちらをご確認ください。

家族信託の手続きの流れ

重度の認知症で家族信託できない場合は法定後見制度を活用

認知症が発症して意思決定が難しくなり判断能力がない状態になると家族信託契約は制限されます。

その場合の財産管理・身上監護については成年後見制度を利用することになります。
成年後見人を選任することで、後見人が本人に代わり不動産を含めた財産の管理を行います。
不動産の売却については、本人の財産に関わる重要な取引になりますので裁判所の許可が必要になります。

家族信託が、本人の意思に基づく財産の管理・運用などを目的としていることに対し、成年後見制度では、本人の利益を守ることを第一に考え、資産の売却等は慎重に勧められる傾向があり、本人の生活資金の確保やケアが優先します。
資産の柔軟な管理・運用その先の財産の承継を考える場合は早めの段階で認知症対策としての家族信託を導入しておきましょう。

認知症でも家族信託ができる場合があります。お困りの際は弁護士西田幸広の「この街の相続」へご相談ください。

家族信託は認知症対策として、信頼できる家族に財産の管理・運用を任せることで高齢期の生活の負担軽減や介護費用の対策につながります。
また初期の段階であれは認知症の症状があっても、家族信託の契約を進めることができる場合があります。

弁護士西田幸広の「この街の相続」では、弁護士としてたくさんの法定後見に携わってきた経験から、両制度のメリット・デメリット、またご家族の状況や財産内容に適する相談を心がけています。

ご家族の財産管理やその後の相続、また事業経営をされている方に関しましても適切なサポートを行なっておりますので、是非一度ご相談ください。